女性カメラマンRyokoの写真スタジオ Ryoko's Photo Studio(リョウコズ フォトスタジオ)。

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高校生の頃から、留学に憧れていた私。
高校のときは、母親に反対され、大学は海外の提携校の多い大学へ進学。
実は、5校受験したうち、受かったのはその大学だけでした。
そこよりも偏差値が下の大学にも落ちたということは、その大学に進む運命だったのだと今になって思います。

数ある留学先の中から、フランスを選びました。
フランスへの交換留学生として、選ばれるのは一人だけ。
きっと、大学受験より勉強したと思います。
晴れて、その一人に選ばれました。
(と言っても、第二外国語だったフランス語は、3人くらいしか志願者がいなかったんですけどね。)
今思えば、アートの国フランスを選んだのも、必然だったのかもしれません。

留学の1年前には、リヨンから電車で1時間くらいの田舎に、1週間、ホームステイもしていました。
そして、留学中、半年間は友人の両親宅へホームステイ。
だから、私にはフランスに家族が二組いました。

留学中のホストファミリーは、南仏に別荘を持っていました。
毎週末片道4時間かけて、別荘に行きます。
夏のバカンスのときは、2ヶ月くらい、そこで過ごします。
もちろん、私も何度か一緒に行きました。
ご夫婦は、一日中庭いじり。
私は、テレビもないその家で、テラスで宿題をしたり、本を読んだり、散歩に出かけて、花を摘んで帰ってきたり。

一方、留学1年前のホストファミリーの家は、山の中腹にあって、見晴らしがいいのはもちろん、広い庭の片隅には、にわとりがいて、畑があって、野生のmûre ミュール(黒いちご。これです。http://aoki2.si.gunma-u.ac.jp/BotanicalGarden/HTMLs/kuro-itigo.html)がなっていて・・・

摘んでその場で食べたり、畑でとった野菜が、その夜のスープになります。
ランチは、そんな庭を眺めながら、家族みんなで、テラスにて。

どちらの家も、200年くらい前にできた石作りの農家を改造して住んでる家でした。
留学中の家族の別荘のほうは、ホストファーザーが今も自分でリフォームしてました。

そして、どちらの家でも、日本とは比べものにならないくらい、時間がゆったり流れていました。
フランスでは、ランチのために、一時帰宅する人もいます。
そして、人と人の繋がりも濃い。

地方都市の商店街で育った私には、衝撃でもあり、はじめて味わう種類の心地よさでした。

物質的には質素です。
一つの物を長く使っています。

でも、自然と近く、人と近い生活。
そしてスローなときの流れ。

とても贅沢ではありますし、大変な部分をあまり見ていないということもありますが、本当の意味の豊かさとはこれなんだ、と感じていました。

庭を眺めながら、家族みんなで、ホストファミリーとテラスでランチ


200年くらい前にできた石作りの農家を改造した別荘


おまけの写真。丸っ!



日本に帰って、就職のことを考える時期になりました。
英語に比べてフランス語は、1年くらいの留学でも、それなりの仕事ができたりもします。
フランスで見つけた素敵な物や、ワインやチーズなどを輸入したりなども面白いかな、と思った時期もありました。
フランス留学を武器に、それなりの企業に勤めることも可能だったかもしれませんが、私の中で、どれもしっくりきませんでした。

私がフランスで味わった本当の意味での豊かさを、忙しい日本では、同じ形で実現するのは難しい。
でも、そういう感覚を少しでも多くの日本人が味わえたら・・・(13年前のこと。今はこういう感覚を味わう場が増えていると思います。)

そして、喜びや充足感、安らぎなどを人に直接与えられる仕事がしたい、そう思いました。

フランスから帰ったのが4年生の夏。
何をやるべきなのかと考えていた私が、実際に動いたのは、卒業間近の2月でした。

情報誌「とらばーゆ」で探して受けた会社は、インテリア、ウェディング、ディスプレイの会社でした。
当時から、肝が据わっていると言われていた私が受かったのが、ウェディングプロデュースを手がける会社でした。

私にとって結婚式は、お二人に喜びを何倍にもしてあげられる、"道具"でした。

いつか手に職が持てればいいな、なんて思っていた私にとって、ウェディングの仕事は、いろんなプロと関われることも好都合でした。
料理、サービス、司会、音楽、花、ドレス、ヘアメイク、そして写真。

このときの私は、特に写真がすごく好き、というわけではありませんでした。
他のことにも興味がありました。
でも毎週、ウェディングの現場に関わるなかで、撮影してるカメラマンの様子を観察していて、あのときあそこで撮ってた写真が、こういう風にできあがってくるんだ、と常に、現場も上がりもチェックしていました。

写真を撮る立場になって、なかなかそういうプロデューサーがいないことを知りましたが、私にとっては、ごく自然な行動でした。

いろんな要因が重なって、当時の取引先の撮影会社(アリアコーポレーション)へ、転職することになったのでした。

 


 



はじめは、写真を重視したい二人のためのウェディングプロデュースをする、というのが一番の目的でした。
結婚式当日ってスケジュールがぎっしり詰まってしまっていて、写真をゆっくり撮れる会場は、なかなかありません。
もちろん、与えられた時間の中で撮影するのが、私たちの役目でしたが、ゆったりと時間を取ることによって生まれる写真は、一生に一度のウェディングの写真として、何ものにも代え難いものがあります。

そういう意図で撮影会社に入りましたが、プロデューサー時代から写真にも興味があった私は、人員不足だったこともあって、カメラを持って練習し始めました。
Myカメラも買い、ウェディングの撮影にも同行し、サブカメラマンとして撮影しました。

そうしたところ、撮った写真がなかなかいい!

ウェディングの現場を表も裏も知っていて、撮影シーンを見ていたのはもちろん、どういうシーンで新郎新婦がどういう顔をするかも知っていた私。
撮影するポイントと絵は、撮る前からイメージできていたのです。
そこに、技術をくっつけたわけです。
練習に2回行ったあと、異例の早さでのデビューとなりました。

男っぽいところもありますが、意外と女子な私(笑)は、結婚する女性が求める写真、そしてうれしい気持ちを、同じように感じることができました。
ある新郎に、「Ryokoさんの写真は、幸せになりたい願望が詰まってる」と言われたことがありましたが、ウェディングのシーンの中で心が動かされるポイントがあって、そしてそれをどうしたら、1枚の中に表現できるか、そんなことを無意識にやっていたようです。

最高にきれいに写った花嫁の1ショット、そして幸せな二人の空気が伝わってくる2ショット、これを必ず撮影して、そのあとの結婚生活でなにかあったときも、初心に返れるきっかけになる写真を全てのカップルに渡したい、そう思って毎回撮影していました。

このとき、私にとって、人に喜びや充足感、安らぎを与える道具が、写真になったのでした。

3年くらい経った頃には、社長とは違うテイストの写真を撮る私を指名してくれたり、指名料を払って依頼してくださるカップルも増えました。
しまいには社長も、ウェディングはRyokoのほうがうまい、日本のウェディングカメラマンで10本の指に入る、と言ってくれてました。(注※3、4年前の話です~)
司会者さんやお花屋さんなど、ウェディングのプロの方が、利益抜きで、お客様を紹介してくださったりということも多くなっていました。

 


 



ウェディング以外でも自然な写真がほしい人はいるはず、その声に応えたいとの思いから、2005年、会社が一般の方向けのスタジオをオープンしました。
この頃、ウェディングでは自然な写真が主流になってきていましたが、スタジオの写真は硬いところがほとんどでした。

ウェディングのときから、媚びないとか、姉御肌だよね、とか言われていましたが、実際、20歳くらいから、こちらが気を遣うと相手も気を遣うのでは?と思っていた私は、自分自身が自然に振る舞うことが、お客さまの自然な笑顔につながる、と思っていました。(だから未だに、気が利かない女子ですが(笑))

はじめこそ、1対1の撮影に慣れていなかったこともあり、自分でも違和感を感じることもありましたが、撮影を重ねていくにつれ、どんどん合うお客様の幅が広がっていきました。

当初は、目の前のお客さまの最高の1枚を残したい、という思いがメインでしたが、お客様から、「私って意外とかわいいじゃん」、とか、「自信になりました」、「私って笑えるんだ」、「笑顔が一番いいなと思いました」、「もっとキレイになれるようにがんばります」、「新しい自分を発見しました」、などという声をいただくようになって、自然なその方らしい表情、笑顔を写すことが、いろんなきっかけになって、その人の人生を好転させることもできるんだ、と実感していったのです。

もともと、写真自体よりも、それが与える感覚や感情に重きをおいていた私にとって、それはそれは、楽しい仕事になりました。

 


 



写真を道具とし始めて10年。

お客さまにも恵まれ、お客様から学ぶこと、助けられたことは、数知れません。
この出会いが、今の私を作っていると言っても過言ではないほどです。
そうして学んだことを、別のお客様にシェアする、というのも、私の大事な役目だと思っています。

2010年4月には、独立して、自分のスタジオを持つこともできました。

今後も、自分の感覚、技をより一層磨いて、私が撮る全ての方が、写真を通して、本当の自分を表現することができ、自分の良さを実感し、進化するきっかけをつかんでもらいたい。
そして、世の中の多くの人が、写真と全ての経験を通して、本当の意味で幸せな人生を送ってもらいたい、そう思っています。
Ryoko's Photo Studio(リョウコズ フォトスタジオ)
〒519-2181 三重県多気郡多気町※現在、出張撮影のみとなります。
TEL/FAX : 0598-30-6524 (映像工房「みなとや」内)
e-mail:info@ryokos-photostudio.jp
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